2011年08月15日

タリスキア村ケースのつくり手を訪ねて1

yamagosi_mura.jpg
(谷をはさんで向こう側に見える村々がタリスキア村をはじめとするつくり手たちが住む村です。)

ボリビア&ペルー出張中の落合は、毎日ちゃんとご飯を食べ、出来上がってきてるのか、全然足りないのか(ものによってはピンチ!)、、全容がまだつかめないまま、こちらのまとめ役のフスティーナ、そしてスーパースケットSさんと共に作品のチェックをしながら、元気にしています。

久しぶりにパソコンに向き合い、タリスキア村ケースを訪ねた8月はじめのことをご報告したいと思います。

まず、今まで私がみなさんにお伝えしていたこのつくり手たちの情報にはいくつか間違ったことがあったことをお詫びします!!

この村にはずっと訪ねていきたかったのですが、なんせ私がお付き合いする村の中でも、ボリビアでは、山奥度ナンバー1(ペルーのつく手の村々の中にはさらに山奥度が高いところがあります)。

私が訪ねたいといっても、相手側が「来たらびっくりする」「自分たちの暮らしがどう思われるか心配」など、そんな心配しないで〜。という思いがあったり、

さらには比較的時間に余裕のある2月3月のサンプル作成時期の滞在中は、こちらは雨季で、雨季だと道が悪すぎて、バスも出たり出なかったりで無理だと。

bus_munecas.jpg
(このバスが山のくねくねカーブ(いろは坂もびっくり)を行くのですが、山に振る雨などが下へ下へと降りていくときに、カーブのところで水がたまったり、小さな川になったりして、そこですぐバスが動かなくなるようです。行ってみて納得。乾季の今もところどころのカーブの地面は水で湿っていました。)

7月8月の時期は祭りの時期と重なっていそがしいし、、とぜんぜん訪問の話が進みませんでした。

注文自体も、間に入ってくれるファンフーリオ氏という手工芸生産組合の方を通しても、あまりコミュニケーションが取れない感じで(ここ1年ぐらいでやっとその地域でも携帯がつながるようになりましたが、それまでは村に1つの固定電話を駆使しての連絡)、、これは無理をしてまで行くことはできないなと、毎度、こちらの訪問の希望だけ出して、実現せず、、数年が経ったのでした。
そしてついに今回行けることになったのです。(行くまでにいろいろありましたが)

なので、これまで私がみなさんにお伝えしていた情報は、ファンフーリオ氏からもらった情報だったのです。

で、実際に訪ねてみたら、あら、違うじゃない。ということがチラホラ。。
はー。すみません。本当に。

まず、2600Mではなく、3200Mぐらいの標高にある村々でした。

camino_a_mollo.jpg
村までの道のりはこんな感じ

朝5時にラパスを出発して、途中で朝ごはんタイム。谷の向こう側に目指す村々を眺め、また東にイリャンプ山(6331Mらしい)を眺めて。

bento.jpg
(弁当の向こうに見える雪がつもっている山がイリャンプ山。その向こう側にラパスはあります。)

同行者の運転手オスカルさんは、ジャガイモ王国の国民なのにじゃがいもが苦手。(この後、村では毎食もちろん芋が出たわけで、、)

芋系のユカというキャッサバとわけぎのようなねぎを醤油でからめたのは食べれなかったけど、野菜炒めと大豆のお肉とレンズ豆、キヌアなどを入れたハンバーグは気にいってくれました。

それから、一度谷の下まで降りて、又上ります。

kawazoko.jpg

まずはチュマ村という昔この地域いったいの地主だった人たちが集まって住んでいた村を通過。ここまで4WDで6時間ほど。バスで来たら乾季で10時間と言われてます。

chua2hp.jpg
(運転手のオスカルさんではなく、オスカルさんのおくさんがこの村出身なので、オスカルさんもよくこの土地を知っていました。)

このチュマ村経由のバスが、その前の週に事故って、私が乗るバスは出なかったわけです。

このチュマ村を通過して30分もしないうちに、つくり手たちの村々が次々と現れてきます。

途中、村人たちの行進に遭遇。

desfile.jpg

8月6日がボリビアの独立記念日なので、この時期はボリビア全土のいたるところで、行進が行われます。

つくり手の人々は
ムニェッカス郡の村々(たぶん12村〜15村ぐらい。メモをボリビアに忘れてきました。今ペルーです。)に住んでいます。
範囲が広いので、4つのグループに分かれて、仕事をしています。

セントロ タリスキア、
セントロ モリョ、
セントロ ティカムリ、
セントロ ウパニです。
それぞれのセントロ(英語でいうセンター)にいくつかの村が所属している形です。

まずは、セントロ モリョへ行きました。セントロ モリョの報告は次のブログで。

誤情報第2弾を先にお知らせします。

リャマは飼われておりませんでした!

刺繍に表現されているリャマは、さらに山の上(4000M台と思われます)から物々交換にやってくるリャマのキャラバンだったのです。

この地で飼われているのは、牛、ヒツジ、ヤギ、ロバです。

nino_vacas_tarisquia.jpg
(タリスキア村で牛の番をしていた子ども)

hitsuji_mollo.jpg
(ヒツジさん、お休み中です。これから放牧に行くのでしょうか?)

pasteando_oveja_ticamuri.jpg
(ティカムリ村にて。ヒツジを放牧する女性)

これらの動物も刺繍で表現されています。

最近はその物々交換もリャマではなく車が担うようになってきているようです。時々リャマたちも来るらしい。

この土地でもイモ類は作りますが、山の上からさらに芋や牛のチーズなどが届けられ、この地域からはとうもろこしなどが交換されるとのこと。(本当はもっといろいろ交換されていると思いますが、ヒアリング不足です。)

というわけで、大きくこの2点の誤情報がありました。大変失礼しました。
ごめんなさい。

リャマのキャラバン。消え行くものかもしれませんが、物々交換というお金以外の物の交流であることが、うらやましく思いました。

ちなみに、ジャガイモ一袋と、とうもろこし一袋、というように同量を交換するそうです。

村の訪問記は続きます。




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