2007年10月08日

コチャバンバに暮すエネルギッシュな日本人女性

今晩のTBSの9時から「命の輝きスペシャル」という番組があった。
そこで知人が紹介された。

ボリビアのコチャバンバという街で元シスターの野原昭子さんが、聖マルティンの家を運営している。

もともとのその施設の目的は、女性や子どもで手術をすれば直る症状の人たちの手術を世話(病院の紹介)し、その後のリハビリを施設に宿泊する形で行い、治ったら家に戻るというもの。

その施設の当初の目的以外にも、実際には脳性まひの子どもや寝たきりの子どもたちも受け入れることになり、狭い施設にベッドをつめて、子どもたちを看病していた。看病というか一緒に住んでいる。野原お母さんと子どもたちの大きな家のようだ。

今日のテレビでも言っていたけれど、しょうがいを持って生れた人を「罰を与えられた」という考えがまだある国。

野原さんの施設をうまく利用する大人もいて、連れてこられ、帰る先がない子どももいた。

私は一番最初にコチャバンバに暮らしていたので、時々会ったり、物や預かったお金を届けたりしていた。
施設に行くと、体はまだ2歳ぐらいなのに、実際には7歳という女の子と夜は自分のベッドで寝ているという。夜中でも寝返りを打たせなければいけないといい、まさに24時間、介護を必要とする人たちと向き合っている。彼女の小さな体のどこからそのパワーが出てくるのか。ただただ圧倒される。

ボリビア政府からの援助なしに運営している施設なので、医学療法士や調理担当、看護士さん、スタッフ、全て野原さんが集めたお金でまかなっている。

いつも運営面では大変そうだけれど、それを笑顔で「もうだめかも。といつも思うが、神様にお祈りをしていると、どこからか助けが来る」と言っていた。
いよいよお金がない!となると子どもたちが作ったカードや手作りのものを日本に持って帰って、教会等のバザーで売ったりするそうだ。

野原さんのお姉さんを中心にエルピス会という特定非営利活動法人があり、野原さんを支えている。
http://members2.jcom.home.ne.jp/erupisu-kai/top.html

また、「学び舎づくりの会」というボランティアグループでも応援をしている。
http://www.abc-manabiya.org/

しかし、それらは寄付金や助成金など善意でなりたっているバックアップで、持続的な運営を保障するものではない。

ボリビア政府がしょうがいを持っている人々への政策を充実させていく必要は絶対あるけれど、政府の少ない予算で教育、保健医療の充実はすぐには難しいだろうし。

どうにかならないものかな。

野原さんは今50歳。どうか長く続けられるよう体に気をつけて欲しい。

今回のテレビ放映で、野原さんの笑顔が見れてよかった。
これで少しでも聖マルティンの家に応援が届くといいな。


posted by PUENTE at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月24日

エレベーター事件

最近私の住んでいるマンションのエレベーターの調子が悪い。乗っていると、ケーブル切れた?みたいな音までする。
2つあるエレベーターの一つは故障しているし。。。

先日、1階下に住んでいる意地悪ばあさんとエレベーターで乗り合わせたのが運のつき。
6階に止まらないので、一言「エレベーター調子悪いですね。」ちょっとした近所づきあいの会話のつもりが、、、

いきなり「あんたには文句言う権利はないのよ。部屋借りてるだけなんだから!私に何して欲しいって言うわけ????」
○*△?※+□!!!!!、、、、、、と怒鳴りだしたのだ。ひょえー。こんな反応が返ってくるとは!!!

でもピンときた!すっかり忘れてたけど、このおばあちゃん、
自分から立候補して会計係をやっていて、マンションの管理費を使い込んでいるといううわさを立てられていたんだった!
だから私の発言も、「金使い込んでるなら早くエレベーター買い換えろ!」に聞こえた??
不正があるかどうかはわからないけど、帳簿などを見せてとマンション住人が言ったら、ぶち切れたと言う。

私も黙ってればいいのに、、
「でも検査して修理したほうが、、皆のためじゃ、、、、」
鬼婆「黙れ。あんたには文句言う、、(繰り返し)って言うわけ?? 私だって危ない目にあってるのは同じだ!!」
こんな密室で怒鳴られながら、結局、鬼婆の目的地18階まで行く。でもおばあちゃん私に怒鳴り続けて降りるのを忘れて、また私たちは下っていき、その間は、もはや聞き取れない罵声に変わる。
「どうしてそんな言い方、、、、」
「私はこういう話し方なんだー!悪いかー!○*△?※+□!!!!!」
私がエレベーターを去ってもドアが閉まるまで叫んでいた。。。。。。

今まで、貴婦人ぶっていて気持ち悪いほど愛想良くされていたのに、、
この豹変振りはいったいなんなのか。。

私はどこにもやりようのない悲しみと怒りをこらえながら、
夕飯を作り、一人ご飯を食べて、なんとか落ち着いた。
こういう時に限って同居人たちは1階のインターネットカフェにいて、、、

さて、長くなりました。オチですが、、

ガーン、キーン、ズドドドーン

次の日の夕方、故障していた方のエレベーターが落ちたのです!(幸い人は乗っていなかった。)

管理人曰く、これで2度目。でも落ちる速度はたいしたこと無いからもし落ちても、手すりにつかまってればだいじょうぶだよ!なんて管理人さんのん気なんです。
同じタイプ、同じ年数のエレベーターがあと一つ生き残っていますが、、
怖い。引っ越しましょう。


ちなみに、
このおばあちゃんの悪行は本当にひどくって、
管理人(門番さんのような感じ)を見下し、こき使いすぎ。

入り口に受付ブースを作ってからそこに寝ろ!と言い出したらしい。
寝るスペースなんてないのに。。
ついに耐えかねた笑顔が怪しい管理人Aさんが主導で、4人の管理人で団結し、労働省に訴えようとしていたらしい。それをまたチクルいやらしい管理人がいて、その意地悪ばばあにバレてしまい、そのAさんは首になってしまった!!
ひどすぎるー!労働省に訴えろー!
そんな時、クリスティーナはいい子だから、Aさんをかばったら彼女も同じく怒鳴られた。
しかもこのおばあちゃんはかなりの差別意識があって、
クリスティーナに、「あの管理人をかばうなんて、あなたの親も先住民なのかしら??」と言い放ったという。
管理人さんは皆私たち同じモンゴロイド(先住民のひとたちの血を強くひいている)系なのです。

このようなおばあちゃんはもうこのまま人を傷つけながら生きていくしかないのかしら。。。。

高齢者は大切にしたいものですが、私の心はそこまで広くないかもしれない。。。。。
posted by PUENTE at 11:42| Comment(3) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

ショック

ボリビアでは私の住んでいるラパスやオルーロ、コチャバンバの一部など高地の人たちと
低地の人たち(白人系が多く、天然ガスや農業などで資源が豊富な土地)
がもともと仲良くないことがあるのですが、

この間の日曜日の直接投票選挙で、
各県の自治権がほしいかどうか?という議題がありました。
サンタクルスではもちろん大多数が自治権獲得に賛成。

エボ大統領はMAS党出身で、自治権には今の自治権がどこまでの自治なのか分からない時点では反対の側です。

全体の投票数では反対が56%です。(まだすべての開票は終わっていません)

そしてニュースでは、サンタクルスで、
自治権を求める熱狂的な一部の人たちが、
MASのオフィスに乱入しようとして、乱闘騒ぎ、流血しています。
MAS党員の女性も男性に棒で殴られています。
町に歩いていたアンデスの先住民系女性とわかる格好をしている人も標的になっていました。
その人がMASを支持していると知ってやっているのかどうかわかりません。

こんなにもお互いを思い合えないんだなって。人間って寂しいなあって。
同じことがラパスで(PODEMOSやサンタクルス出身の人への誹謗中傷や暴力) 起きないことを願います。

この投票を境にさらにサンタクルス、ベニ、パンド、タリハVSラパス、オルーロ、チュキサカ、
コチャバンバ(コチャバンバはちょっと中立かもしれません)で今まで以上にお互いに敵対心を持ち出すのではないでしょうか?サンタクルスで起きている映像を見ればなおさらその気持ちがわいてくるでしょう。

サンタクルスの人たちは、選挙結果後、勝利宣言。
自治権を求めて、VIVA VIVA言っています。

ニュースをチェックしていますが、まだスペイン語の能力が足りず、分からないことが多いです。

とにかく、ボリビアが好きなのに、サンタクルスもラパスも好きなのに、今の現実にショックです。一部の人だけの行為が飛び火しませんように。
posted by PUENTE at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

異国にいるわけです

今日は、文化というか環境の違いを感じた事が二つあった。

第一弾
午前中、同居しているクリスティーナと両替商に行く時のこと、
マンションを出ると、管理人が「立ち止まって!」と言う。
家の近くのプラザで、トリニダというベニ県の県庁所在地の記念日だというので、
軍隊のバンド生演奏で国歌が流れていたのだった。
ほぼ、皆が直立している。「いやー。日本にはない、体が反応する愛国心だわ!」
なんて思っていたら、なんとそのプラザは円形で、六差路で、交通量の多いところなのに、
車も止まっているのだった!!!
これには驚いた!!!!


第二弾
お昼、クリスティーナとお昼ご飯を食べながら、NHKを見ていたら、
白川郷(だったと思う)の合掌造の民家が一面の雪と屋根に降り積もる雪とともにライトアップされている映像が映った。
「見て!見て!」私はお国自慢のように、その雪の静けさ、美しさをクリスティーナに認めてもらいたかった。。。
のに、、、
クリスティーナ「え?虫??」
私「は?どこに虫?」

前、彼女に花粉の話をしていたのが、花粉の粉が「虫」と解釈されていて日本には、無数の虫が飛び交っていると思われていたのだった。
まるで、異常繁殖でいなごが空を飛ぶかのように。。。

ちょっと黄色がかった光にあたった深々と振る雪が、彼女には虫に見えたのだった!
なんて地獄絵だ!

ちなみにボリビアでは、アンデスの山々には雪がつもるが、
ラパスの首都では雪が降ることはほとんどないのです。
posted by PUENTE at 13:20| Comment(2) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

新しいボリビアへ

evo_entrandos.jpg
ティワナクの遺跡に入っていくEVO


1月21日土曜日、アイマラの文化が栄えたティワナク(アルティプラーノ、チチカカ湖方面)
で、先住民アイマラ民族の伝統的な就任セレモニーが行われ、私はそれに行ってきた。
ボリビア中から、先住民の人を中心に、メスティーソ、白人もEVOを支持する人たちが
ティワナクに集まった。
ラテンアメリカ諸国を中心に、先住民代表の人々も駆けつけ、
EVOをラテンアメリカの先住民リーダーと認めた日だった。


pueblos.jpg
ティワナクに集まった民衆

sind_mancokapacs.jpg
労働組合の人たち

そして2006年1月22日 日曜 ボリビアに新大統領EVO MORALESが誕生した。国会で行われた就任式。
この二日間は明らかに歴史的な一日となった。スペインの侵略から513年?の時を経て、
先住民アイマラ語民族の大統領が誕生したのだから。
ベネズエラのチェべス大統領などラテンアメリカ各国の大統領のほか、
ヨーロッパからもスペインの王子をはじめ数国の代表者が出席していた。残念ながら出席予定だったキューバのカストロは来れなかった。

同志の副大統領(同じくMAS)から、メダル、たすき(??)をもらったその瞬間、
二人が硬く抱き合ったその瞬間、思わずEVO大統領の目が潤んだ。
その就任式に出席している数人からも涙がこぼれている。
ボリビア中から先住民の人たちがラパスへ駆けつけ、誇らしげに彼らの伝統的衣装をきて、
鉱山労働者はもはやシンボルとなっているヘルメットをかぶり(ある人のヘルメットにはチェ・ゲバラのシールが貼ってあった。)、 先住民出身の大統領の誕生のこの日を分かち合っている。


彼の就任演説の最初に何をしたか。
今までにボリビアのためにラテンアメリカのために命を落とした人全て、コカ生産者、鉱山労働者、過去の英雄たち(チェ・ゲバラも)に1分間の黙祷をした。

ボリビアは南アフリカのように約50年前までは、先住民が主要なプラザに入ることは許されなかったという。
読み書きを覚えようとした先住民は、目を取られ、手を切られたという。

憎しみ、恨みを持たずに、迫害、不公平、差別の社会を終えて、今、歴史を変えよう!

EVOは1時間45分ほどの演説を行った。彼は私にもわかりやすい、スペイン語が第一言語ではないボリビア人にも わかるようなスペイン語で熱く語った。
時には先住民の言語を使って。

就任式の後は、かなりフランクなのだけれど特設会場となったサンフランシスコ広場で
民衆の前に現れ、再度演説を行い、民衆と共にフォルクローレを楽しんだ。

新しいボリビアが始まる。
どうか、政治家の個人的な利害なく、真に国のために前進してもらいたい。
そして国民も政治家任せにせずに国をよくするための努力と理解が必要なのだろう。

何度もEVOや副大統領ガルシアが演説中に引用したアイマラに伝わる言葉
「嘘をつかない。物を盗まない。怠けない。」

残念ながら正直なところ私の知っている都市のボリビア人は、
「嘘をつく。物を盗む。怠ける。」という印象が強い。
それは、今までの500年の歴史の負の遺産だと思う。

EVOが先陣を切って、ボリビア人の意識を変えられたら、この国が変わるのかもしれない。
posted by PUENTE at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

San Antonio de Lomeiro村の年越し

私がこの年越しで滞在していた村の年越しの様子。

年越しに向けて3日ほど前から、チチャ(トウモロコシの発酵酒)
を各家で作り始めていた。大きなカメで二日ぐらいぐつぐつやってから、発酵させる。(写真のカメ)
置けば置くほど、発酵してアルコール度が増すけれど、たいして強くはない。
chicha_gama.jpg

31日は午後からは、豚の仕込み。
庭で飼われていたおばあさん豚が生贄に。
豚を釜で焼き、それがメインとなり、チチャをがぶがぶ飲みながら、
(子どもも)、家族、親戚一同が集まり、夕飯が豪勢に振舞われる。

私がこの31日に招待された家は、市長(村長?)の家で、
28人の家族が集まった。おばあさんから曾孫まで。

ちなみにこの家族、「日本人に似ていますね。」と言ったら、
「私たち日系です!」と。父親の世代で3世か4世ぐらいだそうだ。
スマミという私には馴染みのない日本の苗字。

その夕飯後、あるものはミサに行く。
そして11時半過ぎから、村の中心の広場、教会の前で、
「VIVA SAN ANTONIO DE ROMEIRO! VIVA BOLIVIA!(サン・アントニオ・ロメイロ万歳!ボリビア 万歳!」などを叫び合う、集会??演説??が始まり、12時を迎えたその時から、村の老人を中心とした音楽隊が音楽を奏で、その周りをみんなが手をつないで輪になって踊る。

人々はそこにいる人全てに「明けましておめでとう。いい年になりますように。」
と言って抱き合って、ほっぺにチュ!をして挨拶をして回っていた。

私のような外国人にも多くの人が、あたりまえに挨拶をしてくれた。老人もごく自然に、普通に挨拶してくれる。

輪になって踊るこの踊りは、決して難しいものではなく、私も一緒に踊って楽しめた。
みんなが一つになるように。という願いが込められた踊りだそうだ。

おばちゃん、おばあちゃんも元気に踊っていた。おばちゃん、おばあちゃんになるにつれて、この地域の民族衣装ティポイを着ている人が多かった。

tipoy1s.jpg
いつもは10時で消灯のこの村も、この日は1時半まで灯りがともった。
1時ぐらいには、それぞれ各自の家に行き、親族単位で、朝まで、チチャを飲みながら踊る。笛に太鼓に、、、。この地域発祥の踊り以外にも、サルサのような踊りもここでは踊られていた。若者もいるからかな?
とってもにぎやかで、夜明けごろには、大半の人がよっぱらい。さらに踊り、飲み続ける。
そんな中子ども達は、すやすや眠っていた。

私は1日の朝のバスでこの村を出発したけれど、、1日も二日酔いながら、まだチチャを飲み、ゆっくりしているのだろうと思う。
posted by PUENTE at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

お料理禁止令

今年になって2度目のお料理禁止令。
この禁止令。私が住んでいる家の家主が出すもの。

ボリビアの一般的な家庭では、料理する時ガスを使う。
黄色いガスのボンベをコンロにつなげる。
なくなったら、近所の商店に行ってボンベごと交換するか、
ボンベを沢山積んでくる業者がトラックで道を通った時に呼び止める。

このガスが今問題なんです。
政治的なことを詳しく説明できない私がもどかしいですが、

私の住んでいる高地のラパスではなく、低地のサンタクルスや
タリハの方で、天然ガスとかガスがいっぱい出るので、
その資源をどうするかでボリビアはいつももめています。
安く外国に売るなーとか。

ボリビアは天然資源があるおかげで、とってもガスが安い。ボリビア人はガス代がかからなくていいけれど、近隣の国からすれば、ボリビア人よりも高く買うから私たちに売れ!となる。
最近、ペルーにガスが大量に密輸されている。ボリビアでは23Bs(X14らいで日本円)のガス缶(ボンベ)が80Bsぐらいで、
ペルーに売れる。そして、ラパス付近のガスが不足。。。
(前大統領カルロスメサさんは頑張っていたけど結局辞任してしまった。その彼はこうなることを予想して、ちゃんと警告してくれていたな。でもボリビア人はガスの値上げには猛反対だったな。)

ガスがないと食事が作れないラパスの一般市民は、街のそこらじゅうで、そのガス缶を持参して並べて、道路封鎖です。

ガス缶をどうにか手にいれるために徹夜する人も。(寒いラパスで)

というわけで、またこれからガスが手に入りづらくなる
(いつもの2倍3倍の値段で買わなければいけなくなる)
ので、家主(ラピュタの海賊の女キャプテンのような、、)が
ガスを使わないようにと。。。あー、ここまで長かった!
読んでくれてありがとうー。

でも、、、今日の午前中に、韓国食材の店で、
いろいろ食材買っちゃったし、、(冷麺とか、だしとか、タレとか、ハングル語で何も読めないけど)、市場でも野菜いっぱい買っちゃったし、、、
料理できないなんて、困っちゃう。せっかく我流韓国料理にウキウキしてたのにな。

まだ一つガス缶の替えがあって、それで1ヶ月は持つと思うのに。。。

ガスなし騒動はどうなることやら、、、
いつか解決するんだろうな。

でも、私は少し辛くても、外食すればいい話だけど、お金のない人たちには、外食は普段そんなしないだろうから、出費が重なって大変だろうな。

ちなみにお金持ちの家は、電気コンロだから、ガスがなかろうが
関係ないのでした。。
posted by PUENTE at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ボリビアの生活・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。